学長・教育学部長より

■新制大学設置七十周年 ~そして ここから~ (就任のご挨拶にかえて)
和歌山大学長  伊東 千尋

 紀学同窓会ならびに会員の皆様には、日頃より本学の教育研究活動に多大なご支援をいただき、衷心より感謝申し上げます。
 瀧前学長の後任として、四月より学長に就任いたしました伊東千尋でございます。一九九九年四月にシステム工学部に助教授として着任して以来、二十年間、物性物理学・材料科学の分野で教育研究に携わって参りました。その一方、システム工学部長、副学長(研究推進、産学連携)等の任につき、システム工学部の改組や産学連携を推進するなど、本学のしくみに関わる業務にも携わって参りました。よろしくお願い申し上げます。
 さて、今年、和歌山大学は、創立七十周年の記念すべき年を迎えています。和歌山師範学校(男子部・女子部)、和歌山青年師範学校、および和歌山高等商業学校をルーツとする和歌山経済専門学校を包括し、学芸学部(現・教育学部)・経済学部の二学部からなる新制国立大学として和歌山大学が設置されたのは一九四九年五月でした。一九六六年には学芸学部を教育学部に名称変更し、真砂(現在の吹上)と高松の二拠点から、社会に貢献する多くの人材を輩出しました。一九八五年に将来の発展を展望して、栄谷キャンパスが造られ、現在のキャンパスの基本形が築かれました。その後、一九九五年(平成七年)にシステム工学部を設置し、二〇〇八年(平成二十年)四月に開設された観光学部を加え、四学部からなる現在の形が整えられました。以降、和歌山県下唯一の国立大学として順調な発展を遂げています。この発展は、もっぱら先輩諸氏のご活躍によるところであり、一四〇年以上の歴史を有する紀学同窓会の皆様には、特に感謝申し上げる次第です。
 その一方、和歌山大学を取りまく社会は、激しくかつ大きく変化しています。この変化の中で和歌山大学が確固たる地位を占めるためには、従来の教育研究活動の要諦を保ちつつ、社会の変化を踏まえた新しい形へとその体制を変えていく必要があります。社会の変化は、小学校教育にも影響を与えています。例えば、グローバル化を背景に、二〇一八年から小学校での英語学習が段階的に導入されています。さらに、ICT(Information and Communication Technology)やAI(Artificial Intelligence)の発展に対応すべく、二〇二〇年度からはプログラミング教育が全面実施されます。このような社会の変化は、教員養成課程の変革を要請します。このような要請と、児童、生徒への教育力、学校で生じる諸問題への対応力を身につけた教育人材の育成を両立させる教育体制を大学として整備することが求められます。他にも、経済学部、システム工学部、観光学部のそれぞれが関係する社会変化に対応できる人材育成への要求が高まっています。
 小規模地方大学である和歌山大学が、急激な社会変化に対応できる教育者や産業人材を育成するには、学部毎で対応するのではなく、学部間の協力に基づき大学全体で人材育成体制を整えることが効果的であると考えます。学部の隔たりを縮め、協力関係をより密にすることで、四つの学部の力を結集して人材育成に当たる体制を築くことができれば、社会が求める人材を育成することができると考えます。さらに、実社会と連携を進めれば、実質的・実践的な環境で次の社会を担う人を育てることができると考えます。つまり、「大学内外の連携による、社会変化に対応できる高度人材の育成拠点」これが、和歌山大学の次の姿であると考えています。このために、各学部での研究活動による知の集積をさらに進めるとともに、大学内外の連携を取り入れた開かれた教育(Open Education)へ取り組んでいきたいと考ます。
 以上に述べました本学のこれまでの経過と実績、そしてこれから向かうべき姿を踏まえ、「そして、ここから」を七十周年記念事業のキャッチコピーとしました。このキャッチコピーは、次の二十年あるいは百周年に向けて、和歌山大学をreboot(再起動)する意思の現れであると理解していただきたいと考えます。七十周年を新たなスタートラインとして、和歌山大学がその存在感をさらに示し、今後も和歌山における唯一の国立大学としてその役割を果たすことができるように努めて参りたいと考えます。皆様にはより一層のご支援をいただきたくお願い申し上げます。
 最後になりましたが、紀学同窓会のさらなるご発展と、会員皆様のますますのご健勝・ご活躍をお祈り申し上げます。


■教育学部の過去・現在・そしてこれから
教育学部長  本山 貢

 平成の時代から令和元年の新たな時代の節目となる時期に、新学部長として就任し、学部運営の舵取りを任されことになりました。私は平成8年の4月、和歌山大学教育学部に「運動医学」「健康科学」の専門家として赴任して、ここ数年は学部の管理・運営に大きく関わってきました。
 私自身、これまでの学部の歴史を振り返るなかで様々な状況の変化に驚かされます。教育学部は教員養成が主たる目的であった時代を踏まえると、ここ30年間の学部定員の変遷をみると大きな変化が読み取れます。昭和63年度の教育学部は、教員養成課程の定員が小学校(150名)・中学校(70名)、特別教科(理科:30名)、養護学校(20名)の定員270名でした。しかし翌年の平成元年には特別教科がなくなり、小学校(100名)・中学校(50名)の定員が削減され、加えて教員免許を取得しなくても卒業できる文化社会課程(60名)、生産科学課程(40名)が設置(B課程)され、大きく学部が改組されます。この時がまさに教員養成を担う国立大学教員養成系の大学・学部の大きな変革が始まった時期でもありました。平成8年度には、小学校定員が20名削減され、B課程が総合科学課程(80名)に改組され、システム工学部の学部設置に伴い40名の定員を振替えるという時期を迎えます。さらに平成11年からは教員養成系学部定員5,000人削減計画に従い、教員養成定員をさらに30名を削減することとなり、学校教育教員養成課程(100名)、国際文化課程(45名)、自然環境教育課程(30名)、生涯学習課程(25名)を合わせて200名定員という時代を迎えることになります。さらに平成20年には学部定員が185名、平成28年度にはB課程の廃止に伴い、教員養成課程のみの定員165名の募集に至ってしました。さらにこれからの見通しも明るいものではありません。現在、子どもの数の減少に伴う教員需要の低迷時期を迎えることもあり、学部の定員を今よりもさらに見直さなければならないという時代が目の前まできています。もしかすると和歌山大学で最も小さな学部になってしまうことが危惧されます。しかしながら和歌山の地で教員養成を担う学部として今後、小学校の免許を核にして、校種を跨った複数免許を取得すること、さらに複数教科の免許を取得しやすくするなどのカリキュラムを見直し、和歌山県の教育事情に沿った教育学部の改革を推し進めていく必要があるのではないかという議論を始めているところです。
 このような教育学部の現状ですが、和歌山県や大阪府等の教育事情を鑑み、多くの学生さんが意欲的に教師を目指し、教育力と実践力を身につけ巣立ってくれています。今後、教育学部はホームステイ型の小規模校活性化支援事業、教育ボランテフィア、へき地複式教育実習など多くの特徴や魅力を前面に打ち出していくつもりです。さらに令和2年度から大学の教員が兼務していた附属学校の校長職を教育経験の豊富な校長を教育現場から招き、常勤で勤務したいただく対応をします。小学校・中学校で1名の校長・特別支援学校に1名、合計2名の配置です。附属学校の危機管理・マネージメント・小・中一貫性を担う教育・ガバナンスなど様々な課題に対応していただき重責を担っていただくことになります。また令和元年度から附属小学校では学年進行で1クラス減となり、今後、附属小・中学校が地域の公立学校と同等規模のコンパクトな学校になっていきます。しかしながら附属の使命である地域のモデルとなる教育、教育実習の充実を担うことはこれまでと変わりはありません。
 ここ数年は景気の回復により一般企業に就職する比率が高くなり、教師を目指す志望者が低迷しているのも事実です。一時期は、卒業生の83%程度は教育現場に就職し全国トップの就職率であった時から、最近はやや低迷し70%前後で推移しています。煩雑化する教育現場の実情からして、教師を目指す学生さんにとって明るい希望ばかりが見えてこないという状況もあり、教育の道に躊躇し始めている傾向も否めません。しかしながら和歌山大学教育学部は教員養成を担う使命を十分に果たし、多くの教育者を輩出できるよう万全の教育体制で臨む覚悟です。現在、大学教員も80名を割り込むなかで学部構成員がチーム一体となって努力していきたいと考えています。
 最後に紀学同窓会員の皆様のご支援とご指導、ご鞭撻を賜りますようよろしくお願いいたします。

 

※以上は、2019年11月更新。紀学同窓会会報より転載。